気付いた時には 一本の 小柄な木の横に座っていた 「これが…あの巨木……?」 辺りを見回してみると 現代とはまるで違う景色が広がっていた 田園風景 時々家屋 といった所だろうか 祖父の家の位置には 立派な御屋敷が聳え立っている 富豪が住んでいるのだろうか、などと勘繰りながら 私はその屋敷に近づいた 玄関の隙間から 中の様子を窺う 着物を着ている恰幅の良い男性三名が 大広間のような場所で会話をしている 会話の内容は聞こえないが 男達は真剣な表情を浮かべている 「貴方…もしかして」 背後から突然聞こえたその声に 驚いて振り返った 中腰で屋敷を覗く不審者スタイルの私の後ろには 一人の若い男性が立っていた 気配を まるで感じなかった 「噂の…消えた貿易商の娘さんか!」 「………はい…?」 若い男性が 私の右腕を掴んだ 「自力で屋敷から脱出したんですね、とりあえず…そうだ あの人の許に届ければ」 「あ…あのー…あの人の許に、って…どなたの所へ私を連れていくつもりでしょうか」 「忍術学園の学園長は 貴方のお父様と親交があった筈なので」 「にんじゅつ……」 「私が依頼を受けた訳ではないから 私では勝手に貴方を帰す事は出来ないんだ、申し訳ない」 若い男性は どうやら私を“貿易商の娘さん”とやらと 勘違いしているようだ 貿易商なので 現代のワンピース姿でも不思議だと思われないのだろうか 屋敷から脱出、という事は “娘さん”は この屋敷にでも囚われているのだろうか 「あの、忍術学園って 何をする所なんですか?」 私は他に訊く事があるのにも関わらず 何故か“忍術学園”の事について訊ねていた 「そりゃあ…子供達が忍者になるべく 勉強をする場所だよ」 「ぶ…物騒ですね……」 「ははっ 物騒とは初めて言われたな!かくいう私も忍者なのでね」 「…えっ!?」 分からないものだ、こんなに格好良い男性が 血腥そうな世界で生きているとは 「ところで…お名前は」 「私は利吉だ」 利吉さん、と 仰るのか・・・とても爽やかで 素敵な御仁だ * * * 「ほう…十数年振りじゃのう!」 「あ……お久しぶりです…」 学園の門を潜ると 嬉々とした表情を浮かべる学園長らしき人物が 私を出迎えた 忍術学園とは一体どのような場所なのか ただ それを知りたいが為に“貿易商の娘”として此処まで来てしまった しかし 私の演じている女性は 思ったよりも遥かに面倒臭…いや、お偉いさんなのかもしれない 「あの時の小さいお嬢ちゃんが こんなに大きくなって!」 「も…申し訳ございませんが…学園長さんの記憶が…」 「そりゃそうじゃ、まだまだ小さかったからのう」 これを 引くに引けない状況というのだな―― 私は冷静に分析した 「ところで…お嬢ちゃん、名は何と申したかの?」 「私はです」 「さん、か」 これは 助かった 学園長は 娘さんの名前までは知らなかったようだ 「さて 学園からは遠いが 護衛をつけるからさんは安心して自宅に戻り…」 「あのっ今はまだ……此処、とても楽しそうなのでもう少しだけ…いいですか?」 「さんがそう言うなら構わんが…家に戻らなくていいのかね?」 「え…ええ、社会勉強をしようと思って…」 …少し焦ったが 簡単な事ではないか 嘘だとバレて 追われる事になったならば 現代へ帰ってしまえばいい 可能な限りで 私はこの時代を楽しんでみよう 02 cooperation 私は 学園内にある人気の無い倉庫の中で 一度現代へとトリップした 着替えとポーチ、その他諸々が入っている鞄を取りに行く為だ 「おぉ戻ってきたのか」 「違うよじいちゃん、鞄取りに来ただけ」 今の私は 傍から見たら 放課後 帰宅して即遊びに出て行く小学生のようであろう 「じいちゃん 今回 凄く面白そうな場所だよ」 「そりゃよかった、トリップは程々にな〜」 三分程で 鞄を抱えた私はもう一度忍術学園に戻ってきた 「うわぁぁっ!」 戻った途端に 背後から誰かの大声が耳に入ってきた 「……いや待てよ、此処には誰も居ない筈じゃ…」 後ろを振り向くと 学園の生徒らしき男子が立っていた 「……見た?」 目を丸くしている男子が 小さく頷いた 忍装束の色は学年を表しているのだろう 目の前に居る男子が纏っているものは紺色、これは何年生だろうか 「いきなり現れた…忍術ではない……どうなっているんだ…」 男子もパニック状態だろうが 私もパニック状態だ トリップの瞬間を見られてしまった こればかりは “貿易商の娘”という肩書きすら 全く役に立たない 「わ…私は、細かい事は後で話すわ!貴方の名前は何と仰るのかしら」 「・・・・・・」 「あっ怪しい者じゃないわ!学園長の知り合いだから安心して」 安心出来る筈が無いだろう、と 心の中で自分に突っ込んだ 「俺は 久々知 兵す…」 「久々知君ね、光速で覚えたわ」 「…貴方は…術でも使えるのか…?」 この時代で 一人くらいなら 真実を知らせてもいいだろう 味方が居なければ 私も些か動きにくい 「“術”の事……教えるかわりに 私と仲良くしてくれますか?」 「…別に いいけど……」 こうして 私に 半強制的ではあるが 美丈夫な協力者が出来た とはいえ トリップの事を信じ 尚且ついざという時に協力してくれるかは 彼次第だ 怪訝な表情を浮かべる彼に 私はにこりと微笑んだ NEXT → (09.7.4 いろいろな思惑) |